かけこみリタイヤ―のダイヤリー

陰キャで隠居!58歳10か月でアーリー?リタイヤしました。

水谷竹秀「だから居場所が欲しかったバンコク、コールセンターで働く日本人」集英社文庫

年齢不問、性別不問、勤務中の服装自由、タイ語も英語もできなくて全く問題なし、時間になると仕事は終わる、給与は安いけどタイで暮らすならぎりぎりなんとか。
バンコクでの邦人社会は狭い。日本政府から派遣された職員を頂点に、日本からの駐在員、日本企業の現地採用者ときて、中でもコールセンターでの労働者は、最下層と見られている。積極的に打って出たのではなく、タイ語もわからないまま、日本から締め出されるように流れ着いた人々と思われているせいかもしれません。
閉塞した日本社会から新たなチャンスを得るためにコールセンターを足掛かりとして夢の実現に頑張っている人も紹介されますが、多くはどうしようもなくなってタイでコールセンター勤めをしている漂流感ただよう人も多い。

私の場合、こういう本を手に取る時って、「うわぁこんな人生大変だあ、とてもマネできないわねぇ」というのぞき見趣味と、「わたしはこんなひどい境遇じゃなくてよかった」「もっと自分の意思をしっかりもって行動したらよかったのに」という他人の不幸は密の味、自己肯定の再確認という、いささか下種な動機が含まれています。

ゴーゴークラブの男と遊んで妊娠した女。そのインタビューの流れで会った相手の男が「彼女にはひどいことをした」と涙を流したのを見て、作者は「涙を流して見せることぐらい誰でもする」と冷静に判断します。かと思うと別の人の話では、これは相手に入れ込み過ぎて感情に流されていないか?と疑問符をつける。日本で非正規労働者になってしまうのは全面的に社会の責任ではないだろう。同じような苦境に立たされながらも、頑張りぬいた人々の存在を無視できないからだ。こんな私は困窮者に手厳しすぎだろうか、と自問する。

この作者の、ジャーナリスト魂、発言や行動の真意を探り裏付けの客観的事実を丹念に拾っていくところ、そして相手の感情に寄り添って理解を深めようとする温かい心、この両輪がうまく回って、現実に打ちのめされてもそれでも生きていく人たちを活写する時に温かい太陽の光のような通奏低音として響いてくるから、読後感を爽やかなものにしていると思います。社会の一端を知る知識教養書としても、人間いかに生きるべきかという小説のような読み物としても価値のある一冊と思います。