かけこみリタイヤ―のダイヤリー

陰キャで隠居!58歳10か月でアーリー?リタイヤしました。

若林悠「風刺画が描いたJAPAN」国書刊行会

風刺画は、その対象とする読者の国や時代を強く意識して当てこすりなどで笑いを誘う描き方をされます。例えば子供が喧嘩しているその顔がその時の権力者に似ていたりする。そうするとこの本で示される大政奉還から太平洋戦争終結までという、遠く隔たった国や時代に生きる私たちにとっては理解が難しいところもあります。特に判じ絵という一種の謎解きになっているものは、解説がないとどこがどう面白いのかわかりません。
この本は、描かれた当時の常識の解説をつけることでその内容の理解が容易になり、笑いのツボもわかるようにしてくれます。
中には“これのどこが面白いんだろ”というものもありますが、それはそれで当時の想定読者がどんなことを考えているのか、作者が想定読者たちのどこのツボを押そうとしているのか、そんなことも解説してくれるので理解の助けになります。

そして、絵そのものは当代一流の作者ばかりと言っていいでしょう。極めて秀逸なデフォルメや精密な書き込みで絵を眺めているだけで満足が得られます。

最初の方に各国を表すキャラクターの図と説明があります。
米国のアンクル・サムと英国のジョン・ブルは知っていましたが、フランスのマリアンヌ、イタリアのトゥッリタ、ドイツのミヒャエルは知らなんだ。ちなみにフランスのマリアンヌとは、ドラクロアの有名な絵、「民衆を率いる自由の女神」に出てくるフランス国旗を持っている女の人です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%8C%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%AF#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Eug%C3%A8ne_Delacroix_-_La_libert%C3%A9_guidant_le_peuple.jpg

また、黒船来航~太平洋戦争まで時代を区切りつつ、若林悠さんが歴史を概説してくれていますが、ストーリーがよくまとまっていて読みやすい。私も初めて知ることや、なるほどこれはこういう理由だったのね、という点が多数あり、歴史を知るためにもよい一冊です。
例えば、
天皇を建てて外国を追い払おうとする「尊王攘夷」運動は、幕府に不満を持つ長州藩薩摩藩が中心であること。しかも家禄を継げない次男、三男以下が主力だったこと。関ヶ原の戦いで西軍についた外様大名だから徳川幕府にうっぷんがたまっていたんでしょうね。

・攘夷賛成倒幕不賛成の孝明天皇が邪魔で、長州藩京都御所を砲撃(蛤御門の変。)完全にテロ集団です。市街戦となり京都の民家2万7千戸が焼けてしまった。京都を警護していた会津藩桑名藩は、明治維新前に長州藩から目の敵にされて会津でひどい目にあいます。

徳川慶喜大政奉還をして長州と薩摩は苦い顔。徳川が一大名になりさがっても朝廷は政治を徳川に任せるから。これだと公武合体になってしまう。そこで薩摩(西郷隆盛)は赤報隊を組織し、江戸の旧幕府側を怒らせて戦を始めさせようとして、江戸の町人たちを殺し、放火し、テロの恐怖のどん底へ落とした。その後赤報隊は新政府のための宣伝隊となるが、東北の村々へ年貢半分と触れ回っていたのが無理となるや、偽官軍との濡れ衣で処分されてしまう。赤報隊幹部に薩摩藩出身者はおらず、武士階級もほとんどいない。汚れ仕事を引き受けさせて最後は潰す。

山岡鉄舟勝海舟が単身薩摩屋敷に乗り込んで江戸城無血開城を提案すると、西郷は意気に感じて受け入れる。また明治政府樹立後、利権を求めて江戸へ殺到し豪邸暮らしをする政府高官を横目にさっさと薩摩に引き上げる。岩倉使節団が外遊中に、勝手に政府改造を行い、薩摩と長州出身ばかりのさばっていた官界に山岡や勝ら旧幕臣を含め優秀な人はどんどん登用した。西郷さんは、こんな二面性があったのですね。

北海道開拓使払い下げ事件で有名な黒田清隆。どうやら酒乱で奥さんを殺したらしい。有力者だったためうやむやとなり、その後総理大臣にまでなります。

日露戦争の所では、乃木希典さんの公平無私な態度が非常に人気があったと。なんせ自分の子息も戦場に送って前線で二人とも死んでいます。この人、旅順攻略で兵士を大量無駄死にさせたダメ将軍かと思っていましたが、当時要塞の攻略法はまだ見つかっていなかったとか。またバルチック艦隊が破れたのは、日本の連合艦隊が事前に相当量の砲弾演習を行ったこと、バルチック艦隊日英同盟のおかげで英領での補給がいやがらせでできず疲弊したこと、たまたまT字戦法が、旗艦三笠が砲弾を受けながらも沈没せずにうまくいったこと、こういったあやうい状況で成し遂げられたことも驚きでした。

満州国に関する記事では、石原莞爾がどうやら本気で五族協和を考えていたらしいこと。ただし内地に転勤させられたのち、満州国は日本人優遇国家になってしまったこと。
・2.26事件前夜には、閣僚暗殺、軍部内幹部の内ゲバ殺人事件など、手段を選ばないテロが蔓延していたこと。

・他にもABCD包囲網、ハルノート真珠湾攻撃と宣戦布告など、少しは知っていたけど詳しく事情を知らなかったことも一本の線で繋がって理解できました。

張作霖爆殺、柳条湖事件上海事変、盧溝橋事件、と植民地へ「植民」して、それを保護するためと称して「攻撃された」との口実をでっちあげて軍隊を展開するという。

現代でもほとんど同様のことが繰り返され、胸が悪くなるようです。もうちょっと人間進歩しないかしら、と悲しくなりますね。
歴史の断片的な事実が、人様々な思惑と行動のサイドストーリーで一筋に編み上がって「そうだったのか」が大変多い有益な内容でした。

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