かけこみリタイヤ―のダイヤリー

陰キャで隠居!58歳10か月でアーリー?リタイヤしました。

収納グッズが断捨離の敵とは

ちきりんさんのVoicy、ブログからのファンでよく聞いています。
voicy.jp
今は無料で聴けますが、一か月後は有料化されます。
この回のポイントは2つ。
収納グッズを買うと、そこにしまって目に触れないから片付いた気になる。
・ところが分類してしまったせいで、取り出すときはともかく、それを戻すのにどこに入れるか考えなければならない。悩んだあげくリビングや床に直置きとなる。
・収納グッズは、例えば押し入れのふすまやクローゼットの扉を開けると、そこにさらに整理棚の引き出しが出てくる。このツーアクションが諸悪の根源。ワンアクションで取り出せないものは、結局取り出した後しまう気にならず、リビングや床に直置きになる。

最初は一見きれいに片付いたように見えるが、その後の2つの理由により部屋がどんどんぐちゃぐちゃしてくる。あげく収納グッズの分だけゴミが増加という結果になるそうです。
なるほどねえ。
私も徐々に親の遺産である、大量の車輪付き書類収納ケースを少しずつ捨ててきましたが、それは正しかった。ちきりんさんは、こちらが無意識のうちに薄々感じていることを、ずばっと言語化して筋道立てた理由を説明してくれるから、いつもすごいなあと思って聞いています。

voicy.jp
翌日配信を読みました。こちらで印象深かった点2つ。
・子供の絵や作文は、現物をとっておくと場所ふさぎなだけではなく、変色しクレヨンはぼろぼろくずれてくる。その段階でスマホで撮影しても手は汚れるしきれいに写らない。だから一年に一度はデジタル化して捨ててしまうとよい。
・親は子供の小さい可愛い所を眺めたいから子供の写真やビデオばかり撮っておくが、うけつぐ子供としては“親が自分を抱いてうれしそうにしている””自分がこんなに親を喜ばせていたのか“という嬉しそうな親の記録が残っているとうれしいし、自己肯定感も上がるので、親は子供の姿ばかりとるのではなく、親と子が一緒に写ったものを沢山残してくれるとうれしい。
なるほどねえ。

自分の親を振り返ってみますと、なくなる5年位前だったか、「あんたの写ってる写真よ」といって、印画紙が日焼けしている古ーいものも含めて大量の写真をくれました。
その時は選別して一部とっておきました。その後自分の写っている写真は、遺影用にごく最近身分証明書用に撮ったものだけ2枚残して全部捨てちゃいました。
遺影が作れないと葬式の時困るだろうと思って、それだけはとっておいたけど、後は結局見ないですから。
今から考えてみると、収納力のある家だから見ないふりもできたと思いますが、少しずつ終活の一環として整理をしていたのだなと思います。
ぜんぜん片付かないうちに具合悪くなって死んじゃいましたけどね。

今度は私が子供たちにどう残すか。親の残置物を見てつくづく思い知りましたから、
・運動会や遠足といったイベントの子供の写真は買わない。
・子供の書いた作文、描いた絵、作った工作物は、本人了解のもと、捨てる。
ということを励行しています。
卒業式や学校から無理やり配られる遠足のクラス写真とかは取っておきますけどね。

いらないと思うものを捨てるのは「まだ使えるかも」「いつか見るかも」と思ってしまい抵抗が出ますが、少なくとも私は「いつか見るかも、は永遠に見ない」ことは実感していますから、迷うのはほぼ「まだ使えるかも」だけになりました。
その点、使うことは考えられない作文、絵、工作は、思い出に浸るようになる前に、子供の了解をとりつけて捨てる。ヴィンテージがついて思い出の品になってしまうと判断に迷う状態になりますから、思い入れが付かないうちに捨ててしまう。
参考になればさいわいです。