かけこみリタイヤ―のダイヤリー

陰キャで隠居!58歳10か月でアーリー?リタイヤしました。

親の残置物 ついにみりんとココアが最後の一つとなりました

親の残置物処理シリーズ。別名ヴィンテージ食品シリーズともいう。

遺品処理で封の切ってあった調味料は、塩と砂糖以外あらかた捨てたのですが、味醂は匂いを嗅いで封の空いたものをおそるおそる使っていました。封を切ってあった現役は1本だけで、とっくになくなり、残りは封を切っていないものだったので順次消化中。ついに最後の一本に到達しました。
ココアは粉なのでダニが怖くて開封済の物は即捨て。未開封のもののみ残して朝、牛乳を飲むときに使っています。それもいよいよ最後の一袋。

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賞味期限

といっても、それぞれ開封時には慎重に匂いを嗅いで異常がないことを確認しています。
みりんは次はお気に入りのブランドのものか、生協の品にしようと思っています。
ココアはカロリーカットオフか、純ココアパウダーにしよう。

いずれにしてもお金はかかるがな。

という、うれしいような、うれしくないような新たな局面へそのうち移ります。といっても味醂は開けたばかりなのでまだ当分もちます。

東大前切りつけ事件 東海高校改革私論

はじめにお断りしておきますが、こんな事件が起きたからって東海高校の体制のせいだとかいいたいわけじゃありません。邪悪な感情が沸き起こることとそれを実行に移すことには相当の隔たりがある。そこを飛び越えてしまう、一線を越えてしまうということは極めて特異なこと。現に東海高校の生徒やOBが今までそんな事件をおこしたことなんて一回もないでしょう。犯人の余裕のない極めて視野の狭い価値観をどのようにはぐぐんだか誰にもわかりませんが最終的には学校にも親にも責任はない。本人が自分のしたことの始末を引き受けるだけです。

私が言いたいのは、これを機会にして少し体制を変えて見たらどうでしょうか、というOBでもなんでもない赤の他人の戯言です。ついでにいうと東海高校に限らず同じような体制で学校運営を行っている所は多いと思いますので、こんなんどうですか、という無責任な発言ですので、軽く聞いてください。

まず「学力考査で文理別にA群、B群に分けられる。そこでA群に入れそうもなくて絶望した」とのこと。

どこの高校も進学実績をとにかく上げることが至上命題として共有されていると思います。平たく言えば偏差値の高そうな大学への合格実績を伸ばすことですね。これの是非について論じ始めると高校全体のありかた自体に触れることになって「少し体制を変えたら」という範囲の話でなくなって焦点がぼけてしまうので、そこは前提として受け入れます。

そうすると効率的かつ最大公約数として授業の雰囲気と進度を的確に保つ必要がでてくるから、学習進度別のクラス編成ということになる。学習進度は抽象的でつかめないので時々行うテストの点数で代用して成績の良い順に人数を区切ってクラス編成をします。
教師が教壇から語り掛けて生徒の反応を見ながら進める授業であれば、これは効率を良くするための下準備として合理的です。なぜなら「授業内容が簡単すぎて退屈だ」「授業内容が難しすぎてわからない」のどちらの生徒がいても、本人は苦痛だし授業の雰囲気も悪くなる。そういった生徒が混ざると授業を授ける受ける効率が悪くなっている。

もっとも、端末から学習プログラムを各人が勝手に進める形にして、巡回する教師がそれでもわからないところの質問を受ける、なんて授業にするのなら進度別クラス編成なんていらないし、そもそもクラスがいらない。またゼミ形式で討論を主体とする授業であればメンバーはその都度入れ替わっていってもテストの成績順ではわからない色々な奴がいる、という刺激になるでしょう。

テストの成績順クラス編成をしたときに、一番上をA、ついでB、Cクラスと名付けるとします。各クラス30人としたら、Aクラスになる30位の生徒と、Bクラスになる31位の生徒に点数ではほとんど差がないでしょう。もちろんAクラス5位あたりとBクラスの55位当たりでは、それとわかるテストに現れる学力差というものは感じられると思います。
要は連続体だ。

私が職場研修を受けていた時に、教える側から漏れ聞いた話ですが、その時研修生は50人でしたが、テストの1点差に20人以上並んでいる。成績をつけるのに悩んでいる、なんてことがありまして。測定方法にもよりますがそんなことはよくある。
だったら高2と高3にあがるそれぞれ1回だけA群とB群に分かれるってどうなのって思いました。その時のA群のビリとB群のトップにどれだけの差があるのか。

それを頭ではわかっている人は多いと思いますが、東海高校OBですら「おれはB群だったよ」と自嘲気味に語るってところがね。「そんなの社会に出てからは関係ない」と実感を持って言いつつも思い出せば気になるわけで。それが厳しい競争なんだから、若い内からそういったものに慣れておくのはよいことだって意見もありますね。OBだってほろにがい思い出として語っているだけで普段は考えもしないでしょう。

でもその渦中にいる生徒はどうでしょうか。まず「高3で俺はA群だ」という矜持、受験に向けて勉強するなかで他の生徒に後れをとれば劣等感。そしてB群じゃないという安心感とおとしめて安心したいという優越感がむくむくと、湧き上がっても不思議じゃない。
高3の最初で成績がよくても、翌年1月のテストの実力はどうなっているかわからない。それくらい伸びたり伸びなかったりしますよ。
犯人は絶望するには早すぎるし、早く絶望するしかけになってしまったのじゃないか。

進度別クラスを編成する前提で改善案を2つ提案します。

一つ目。進度別クラス編成の編成替えの頻度を一学期に1回行う。
期末考査の結果で機械的にクラスを編成しなおす。そうすればチャンスは年1回じゃないから絶望しなくなる。

二つ目。進度別クラス編成を科目別にする。
科目が変わるごとに出席するクラスが変わる。ホームルームクラスはあいうえお順で文理ごちゃまぜにしたらどうでしょうか。
これだと特定の科目を学年全体で一斉にやらなければならないから教師が足りなくなるとか、クラスの一体感を醸成する機会が減るとか、運営上の制約や理念から反対要素も出てくると思いますが、それを解消してでも実行する価値はあるのじゃないか。
所詮、暗黙の合意として偏差値の高い学校になるべく押し込むことを指導体制にしているのだから。
本当は「あそこの学校はこういう特色があるからここはどう」とか「〇〇国のこの大学はどう」という指導があってもいいかもしれませんが、大学側がそういう情報を提供していないし高校側もとりにいかない。「あわよくば東大理III、次善の策として京大医学部」みたいになっちゃう。

今回暗黙の合意はおいておくことにしたのですが、それを燃料としたり怨念にしたりしてしまう生徒たちへの副作用をどうするかですね。A群のオレはB群のやつらとは違う、というのを密かに燃料としているバカな輩は、東海高校レベルになると少ないとは思いますが。それでも進学先で名もない大学だったらOB会で肩身が狭いとか、それは東海高校の話じゃなくて有名進学校あるあるですかね。
競争から劣後する恐怖から、B群を見下して足掛かりにしようとする誘惑から逃れるのはなかなか難しいと思いました。

そうそう、もうちょっと簡単な、姑息といっていいか、方法も思いついたのでした。
A群B群じゃなくて、表示を滑らかにする。理系1組、理系2組、理系3組…、文系1組、文系2組、文系3組みたいに。受験科目が違うので文理を別クラスにするのはしょうがないとしてね。そしてさらに、理系で一番成績のいいクラスのナンバーを“うしろ”にする。
理系が全部で6クラスあったら、成績順は6組→5組→4組の順番にするということ。
AとかBとか順番で優劣が簡単に想像できるものは使わない。1、2、はそれより色がなくて中立に近いでしょう。

実はうちの上の子が行っているのは地元の公立中学校ですが、数学は成績別にA、B、Cの3つに分かれて授業をしています。中間考査期末考査の成績で入れ替えをしていまして、人数も均等割りではなく、点数で区切っている。それで一番成績良いクラスはCクラス。これだけで結構効果ありますね。私も最初聞いた時「えっAクラスが一番上じゃないの?」って思いましたから。

余談ですがクラス運営はBクラスが一番うまくいっているらしいです。
Cクラスは難しい問題を出す高校の入試対策で大変なようだし、Aクラスはできない具合の幅が広すぎて特定の生徒にかかりきりになって他の生徒が遊んでしまう時間があったりと、なかなか大変ですね。これも現状を見て微調整を繰り返すしかないでしょうね。

「名は体を表す」でラベルを貼っておくと「そういう区別なんだ」と思考してしまうのが人間の常なので、ちょいと工夫してそれを回避してみたらどうか、というお話を展開させていただきました。そんなん××があるから無理だと切って捨てずに、少しばかり考えてみていただくのも無益ではないかと思います。

読んでいただきありがとうございました。