かけこみリタイヤ―のダイヤリー

陰キャで隠居!58歳10か月でアーリー?リタイヤしました。

「社会学者がニューヨークの地下経済に潜入してみた」

作者:Sudhir Venkatesh
原題:「Floating city」たゆたう町
望月衛 訳 東洋経済新報社
この本は、橘玲さんのブログで知りました。
https://www.tachibana-akira.com/2024/04/15496
社会学専攻の大学院生だった作者は、「絶対足を踏み入れてはいけない」と言われていたシカゴの大規模公営団地へ調査票を持ってのこのこ出かけていき、案の定地元のギャングのボスのところへ連れて行かれます。ボスから正しい社会学の調査方法を教えてやるよ、と言われて行動を共にし、しまいには1日だけギャングのボスを務めることになる。
その後ニューヨークのコロンビア大学に職を得て、ニューヨークのアンダーグラウンドに暮らす人々の研究を始めますが、どうもシカゴと勝手が違う。
シカゴは地域ごとに人種や教育や所得階層が固まっていて“界隈”がはっきり区切られているのに、ニューヨークはどんどん変わっていく。
ジュリアーニ市長はニューヨークを犯罪都市から観光客やホワイトカラーにとって安全な街にしたい。再開発によって、ハーレムもヘルズキッチンも郊外から中上流階級の白人達がどんどん流入、真新しいマンションやら巨大会社のオフィスやらがどんどん増え、家賃は上がり、逆に貧民層は郊外へ出ていく、そんな時期でした。
作者は国際都市に共通な人と人とのつながりはあるのか、それはどんなつながりなのか、シカゴでの経験を糸口にヤクの売人、ポルノショップ、ストリップ劇場、売春婦、デートクラブなど、違法とされている生業に従事する人に分け入って観察を行い、それを明らかにしようと奮闘します。シカゴで身につけた手法。とにかく否定も肯定もしない、話を聞く。
それから明らかにされてくる社会学的な観察、コミュニティのあり方や人と人とのつながりの話も面白いのですが、私は特に後半部分、観察者傍観者としての立場を崩さずに調査を続けているはずだったのに合法と非合法の社会を行ったり来たりする人たちとの邂逅を重ねるうち、影響を受けて自分は何者なのか問うている語り、日本語で言うと私小説ですね、その部分に特に心が惹かれます。
勿論、本筋である、ニューヨークの社会を接触した人から活写するところも面白いです。個人と個人のつながり、自分の利益のために繋がりを求める、面倒をかけられて呆れて切る、呆れながらまたヨリを戻す。傍観者であるはずの作者も「あんたはそんな奴らが本当は好きなんだよ、私らと一緒だね」と言われてしまう。
金持ちになるには、ヤクでも買春でも真っ当な商売でも、金払いのいい金持ち層に食い込む必要がある。それには美術やクラシック音楽といった文化資産を持っていなければ話の輪に加わることすらできない。階層を軽やかに超える努力をするものだけが成功するのではないか、と作者は仮説を立てます。
日本とは相当に階層文化に開きがあるなとは思いましたが、実は東京だってもうそんなものになっているのかもしれないですね。
そして後半。結婚生活がうまく行かなくなり、家族の問題に向き合う時間を減らすため、売春婦とのインタビューに時間を割くとか、帰宅拒否症の残業大好きおじさんみたいですが、作者の聞く力が周りの人を大きく動かすことになって動揺したり、逆にインタビュー自体が「自分探しじゃないの」と言われて「高みから見て優越感に浸りたいのか」と悩んだり、弱っているところで売人や売春婦のまとめ役から慰めてもらって「自分は馬鹿にしてるわけじゃなかったはずなのにこういう人達から助けてもらってショックを受けるなんて、なんて自分は高慢だったんだ」とショックを受ける。ね、私小説でしょ。
日本語訳で458ページ。家族が寝静まってから毎日二時間で四日間。断続的ですが一息?で読んでしまいました。