かけこみリタイヤ―のダイヤリー

陰キャで隠居!58歳10か月でアーリー?リタイヤしました。

これからを生きるために身に着けたい能力 メタ思考とリーダーシップ

子供にも自分にも要求する、これからを生きるためにぜひ身に着けたい能力のお話。
それはメタ思考とリーダーシップです。

メタ思考とは何か。わかりやすい例でお話します。
パソコンの電源が入らない。電源スイッチを何度押してもダメ。キーを押してもダメ、リセットしてもダメ。うーん困った。あら、電源プラグが抜けているわ。
キーボードと画面に意識が集中し、本体機能の操作から離れた電源プラグに意識が行っていなかった。メタとは、意識している次元よりひとつ遡った外側に立ち返って思考するということです。例えば劇やドラマで登場人物に感情移入して見ていますよね、そうすると自分の意識は舞台や画面の中に行ってしまっている。そこでふとわれに返って、自分が座っている席や、お茶お菓子とか付近にあるもの、画面や舞台という枠の外側に意識が戻る瞬間がある。これがメタ思考です。小説であれば、神の視点とか作者の視点。たまにそういう小説や劇がありますよね。登場人物が色々やっているところに突然中断して、「さて、」と作者が語りだしたりするやつ。劇中の次元から一つ遡った外側へ意識をずらすことです。
問題に意識を集中しても解決方法が見つからない時、ちょっとまてよと一旦離れて遠くから見てみると、なんだそうだったのかと簡単に解けたりすることがあります。

ではメタ思考はどうやったら鍛えられるか。

一つは、エッセイや評論、科学読み物、伝記、ルポなんでもいいのですが、「へぇーそんな考え方もあるんだ、おもしろーい」と思わず感想が出来るようなものを読むことです。啓蒙。自分の蒙を啓くってこと。思いもしないような考え方や、科学の事物への向かい方に触れること。今まで自分が事物を見ていたのとは違う見方をしているものを知ることです。
どんより曇っていた日に道に迷っていたとき、「太陽が出ていないから方向がわかりにくいね」と言ったら、一緒にいた大学で建築を専攻した友人が「家の作りで南はわかるよ」と。その視点はなかった。

二つ目は、論理思考と算数数学の復習。論理思考を鍛えるには、なんでもよいので文章を書いてみることかな。そこには必ず「私はこう思う、こういうことを言いたい」を入れてくださいね。また論理思考を深める手段として、中学校の受験用国語の問題を解いてなぜそうなるのか解説を熟読するという手があります。文章を深く読み込む訓練になります。外国語を学んでそこから日本語特有の思考や文法の癖、文化的な特異性、論理構成の違いなどを知るという「日本語の相対化」が出来るとさらによい。そのために外国語を勉強するといっても過言ではありません。
算数数学は、敷居が高いと感じるかもしれませんが、小学生用のドリルからやると結構良いですよ。まず概念を理解しようとしすぎずに、計算で脳を鍛えていく。分数の意味や人口密度、速度と距離と時間、割合など、小学生の頃につまずいたものが実はあれっと思うほどすんなり頭に入ることもあるし、そうか、そうだったのかと新たに気づくこともあります。いずれにせよ、意味合いを文章や定義で完全に理解しようと思ってはいけません。数学者の小平邦彦さんも言っています。「よくわからずに計算をしていたら、おぼろげに理解が浮かび上がってくる」ここがポイントです。そのためには答えが載っているだけの参考書はダメで、答えを導く過程が理解できる程度に詳しく載っているものを必ず選びましょう。そして小学4~6年生内容に弱点がないな、という地点まで来たら、中学生の数学に入るとよいです。計算の積み上げと、概念を計算の繰り返しにより神経反射で掴んでおかないと、行き詰まることがありますから。多分中学3年生の最後の単元である確率・統計まで至ると経済記事の読み方も変わってきます。中学主要三教科は大人にとっても頭の作り方の土台をもう一度しっかり作り直すために大変役に立つのです。

次にリーダーシップですが、これみんなをまとめて引っ張って行ったり、仕事を割り振って進行管理したりすることだと勘違いしているかもしれませんね。

そうじゃないんです。

これは誰か特定の指導者が持っていればいい、というものではなくて、誰しももっていないといけないといっていいくらいの自分が幸福になるために必要不可欠なものなのです。

私なりのリーダーシップとは、自分一人でもグループでも集団でも会社でもいいのですが、目的へ向けて自分の役割を積極的に果たし、目的がおかしければ修正するように意見を言い、足りない部分があれば指摘したり自発的に動いたりすることです。

目的に対して主体的に動いて、路線変更が必要であると判断すれば「そうしよう」と声を上げることです。

先日、合唱団がコンクールの全国大会へ遠征したのですが、その準備のために、全国大会担当委員を決め、そこへ合唱団の主要メンバーと私みたいに過去の全国大会担当委員経験者がアドバイザーとして加わって、実行委員会が立ち上がりました。
合唱団が全国大会へ参加するためにやること。受け入れ先の県合唱連盟への手続き書類の提出。その中身も、指揮者に指揮台はいるのか譜面台はいるのか、立ち位置は、ピアノと合唱団員の舞台配置はどうする、プログラム用の原稿と写真の用意、合唱団のプロフィール提出、旅行保険のための代表的な往復経路、プラカードに乗せる文字、審査員用楽譜の提出、などなど指揮者の先生やピアニスト、出演者用入場券の手配など、団のスタッフたちと相談して決めることが沢山あります。おまけに今回は委嘱新作を演奏するため、JASRACに曲目登録のない、出版譜もない曲の楽譜を審査員及び録音業者用に事前に渡すために、出版許諾番号をとるとか、通常ピアノ一台は県合唱連盟が舞台上に用意してくれるのですが、2台ピアノを使うので、ホール側に連絡をとって調律込みで別払いが必要だとか、余計な手間がある。
そのほか、宿と行き帰りの交通は各自手配だけれど、前日の練習場所の確保、前日他の団体との親睦を兼ねたホール演奏の場所の確保、宴会手配はコロナ禍ゆえなし、昼食の場所の確認もある。おまけに練習場所の確保に苦労したあげく、駅から遠くてバスも本数がないためバスチャーターまでするはめになりました。そして決まったらきまったで、スケジュールと場所の案内、注意点を冊子にして団員に配信しなければならない。

さてこれらの簡単でない沢山の業務を全国大会担当委員中心に進めていったわけですが、Lineworksで作ったグループメンバーの働きが素晴らしかった。
手配と締め切りを整理しながら、全国大会委員が進行を報告していく中、「私これやります」「じゃ私がこれを」「これが抜けてる。私やっておきます。」「これ前回こうだったはずなので私やっておきますね」とほぼ指摘した当人が動いてどんどん解決していった。

やらなければならないことを進めていく過程で、新たな問題が立ち上がったり、選択肢が浮上したりする。締め切りの時間は迫ってくるし団員への告知や意思確認が追加で必要になるかもしれない。プロジェクトは最初に項目が固まっているわけではなく、物事の進行に従って有機的に変化していく生き物のようなものです。
そのなかで、自発性、スピード感、議論と判断、よってたかって気が付かない所も各自が洗い出して、しかも言い出しっぺが動くという、近来稀に見るゴールドチームでした。

なかなかこうはいかない。大体指摘はするけど、動かない、誰かが動くのを待っているとか、現状に文句をいうだけ文句を言って、じゃあどうするのか沈黙、そんな場合が多いです。たまに意見を言ってこうしよう、という人がいても賛成何だか反対何だかなにも態度を示さないとか、そんなことが多かった。
今回は本当にメンバーの光輝くばかりの自発的かつタイムリーな動きに感動しました。

こういうのがリーダーシップだと思います。何も責任者となって中心で一人それ以外の人たちに命令するのがリーダーシップじゃない。

自分がかかわる物事に主体的に意見を持って変えていこうとすること。他の人もかかわっているのならその人たちの考えもよいと思ったら取り入れ、他の人に影響することであれば自分の意見への反応を掴んで随時落としどころを探っていく。常にベストってわけにはいきません。他の人の欲求を飲まなければならないこともあるし、自分の能力の制約もある。次善の策にならざるを得ないことがほとんどじゃないかと思います。

また、それが自分一人だけのことであっても他人の意見によりかかるのではなく、自分の中で消化した上で取り入れたり変更したりして自分の意思に作り上げたうえで行動する。
自分の意見に責任をもって発信し行動する。これがリーダーシップだと思います。

まとめます。論理思考と数学的な数字操作力を上げてメタ思考をはぐくみ、対他人、対自分ではリーダーシップを発揮する。そうした人間に私もなりたいし、子供にもなってほしい。そんな理想を掲げて生きていきたいというお話でした。