かけこみリタイヤ―のダイヤリー

陰キャで隠居!58歳10か月でアーリー?リタイヤしました。

写真の断捨離

私の母親が亡くなる2年前くらいでしょうか、実家に呼び出されて「アルバムの写真を整理したから、お前の分は持って行って好きに処分しなさい」と言われ、バラバラに保管していたものだけでなく、アルバムに糊で貼り付けられていたものもすべて剥がされて、姉と私の別に仕分けされて渡されました。
終活の一環を意識していたのだろうと思われますが、その後子宮癌で入退院を繰り返すことになり、すこしボケてもきて、終活はそれ以上進むことなく、最後の時を迎えました。

一番小さい頃の写真としては、随分古めかしいスプリングが見えている四輪乳母車に乗った写真や、祖父や祖母に抱かれている写真などもありました。

私が自分であると認識できる写真としては、祖父母の平屋の店舗併用住宅の裏にトタン屋根の二階建てがくっついていて、階段を上がると二階の窓から住宅の屋根瓦にあがることができた。そこに座っている写真がありました。
中学校の入学式で学生服を着て撮ってもらったものが最後。その後は親に買ってもらったものでも、自分のアルバムに納めるようになったので実家の親のアルバムには存在しなかったのでしょう。

両親が相次いで亡くなった後、両親の住んでいた所へ引越し、山のような残置物の処理をしながら暮らして、まだ全部終わったわけではありませんが、隠れ収納に納まる程度に片付いたところで、自分の断捨離も考える余裕が出てまいりました。

その第一弾として、卒業アルバムと共に、自分の写真も捨てました。
残したのは、最近証明写真として作ったものだけ。
後は、自分でアルバムにスクラップしていたもの、親から「あんたの分」としてもらってきたもの、すべて捨てました。

―よく捨てられたわねえー

という声もあると思いますが、思い切るまでにそれほど悩んだわけではありません。
なぜかというと、親の残置物を片付ける中、大量の親自身がためていた写真のたぐいも沢山出てきて、結構うんざりしたからだと思います。
もちろんね、時代を感じさせるもの、髪型とか服装とか、背景に移り込んでいる建物とか、面白いと思えば面白いのでしょうが、まあ大体人物アップがほとんど。報道写真や歴史を伝えるために撮ったものじゃないですから。
位牌は姉と相談して作りましたが写真をしまうでもなく、そういう趣味もないし、第一姉と私がいなくなれば両親の写真に価値を感じる人は誰もいない。
だったら、ということでぜんぶ捨てました。

そうなると、じゃあ自分が死んだときにはどうなるか。やっぱり遺影に使う物以外は遺族に余計なエネルギーを使わせる「残置物」でしかないと思ったのです。

だからあっさり捨てられました。

それともう一つ、現在の自分でやることが結構あり、家事とか子供の面倒を見るとか、歌とか、現在私の頭を悩ませる、主として前向きに悩ませることがいっぱいあって、写真を眺めて思い出に浸るという趣味も、もとからない。

人は年月とともに姿かたちだけでなく中身も移り変わっていく。
そう実感しているからこそ、無意識に現在を生きている。

今の自分が一番若い、というよりも、現在からどうやって能力が向上したり、常識を疑う力や多角的な目を獲得できるのか、そんなことに関心があります。
過去の時点に杭を打った痕跡を見たいと思わない。そんな人間なので写真もあっさり捨てることができるのでしょう。

そのとばっちりで、子供達も小さい頃の写真は保育園で売ってくれたものを買ったりしたほか、大きくなってきたら、記念にくれた入学式や卒業写真位しかアルバムに残っているものがありません。運動会だ、林間学校だ、修学旅行だ、といった時に買いませんかとくる案内も全部スルーしてきました。
もちろん動画を撮る趣味もない。

記録をとっておくことのむなしさを両親の残置物で味わってしまったからこその、この私です。