かけこみリタイヤ―のダイヤリー

陰キャで隠居!58歳10か月でアーリー?リタイヤしました。

昔はみんなタカラヅカだった

色々噴き出していますね。
今から40年近く前、新人研修の時に日本航空からスチュワーデスOBの方を招いてマナーについての講演をしてくれたことを思い出しました。
「先輩の指導は絶対です」「口答え・反論は許されません」とおっしゃった。
私は心の中で「えーじゃあその先輩が底意地悪くて指導とは思えない指導をしたらどうすんですか。組織としてそれを防ぐシステムは?例えばそのまた上長に訴えるやり方とか」と思って質問しようとしましたが聞いても無駄そうな雰囲気だったので止めました。
その後支店に着任して、先輩方の飲み会に毎度付き合わされ、残業も付き合わされ、家に帰りつくのは毎日夜中。自分の時間がなーい。と心の叫びを言葉にならない内心に押し込んでいました。
多分それが当時の常態だったのでしょう。
それからウン十年かけて、私のいた職場は変わりました。
そもそも残業するにも予算がないから、時間内に終わらせろ指令が来る。
さすがにタイムカードを押して暗くして残業するとか、近所の喫茶店に場所を移動して残業するとかの茶番はなかった。
というかサーバーのセキュリティが厳しすぎてwifi接続できないから外部からサーバーに入れる仕組みになっていなかったので、そもそもオフィス外で仕事が出来るシステムではない。
そして若者たちに対する上層部及び私のような末端管理職もいうことは全く同じ。
「残業つかないし、早く帰りなさい」
端末側システムは、毎日のサーバー処理のために18時15分にはシャットダウンされてしまう。でないと日時更新に入れませんから。その後立ち上げてもサーバーに繋がらないのでワープロ表計算作業しかできない。
そんなわけでサーバー稼働中はブラック労働というか寸暇を惜しんで仕事をしていましたが、就業時間が終わるとホワイトに変わっていました。
この頃になるとおじさん達も若者を飲みに誘わなくなっていました。
給料ずーっと上がらなくなっていた上に残業もつかないし、管理職手当もずーっと抑えられてきたからお金がなかったのでしょう。
若者たちが「同期飲み行ってきまーす」というと喜んで送り出す。
ところがそうやって段々変わっていった職場ばかりではなかったようです。
だからタカラヅカの話や、先日の銀行員の本を読んで分かったのですが、それぞれ職場の小宇宙の中身が、
ずーっと変わっていない所
少しずつ世間がおかしいよ、と言っていることを取り入れていった所
少しは変わったけど、外から見るとおよそ頓珍漢な風習が残っている所
というまだら状態なのかなと思います。
政治でいう「保守」というのは、今ある規則や慣習、道徳は長年月かけて残ってきたものだから残って来ただけの理由があるということで正しい。だから現実に不適応だと意識できる部分だけ部分的に変えていけばいいだろう、というのが本当の保守主義のことです。
対置される「革新」「リベラル」というのは、今ある規則や慣習、道徳は時代に合わない部分が多くなってきた。ここらで一旦全部なしにして、今一番いいと思われるしくみに一気に変えてしまおう、というのが本当の意味です。
だから保守の振りして、現実不適応な部分にすら目をつむるのは「保守」ではなくて「守旧派。」下手すると自分たちの小宇宙でずっとやってきたことを変えること自体の心理的知的負担がイヤだから変えないぞ、とか、ずっとやってきて当たり前だから外部から見たら物凄くグロテスクなのに当人たちはまったく気づいておらず、当然変えようなんて気持ちも起きない、という状態なのかもしれません。
伝統的な組織は、そういう危険がある。
伝統の名のもとに、個人をおしつぶすような変な慣習とか。
一般社会とのずれ、人々の意識とのずれ、こうしたものが大きくなってきた時に、耐えきれない人が傷つくことで初めて注目され、問題として浮上する。
悲しいけど、そういうことなのでしょう。