かけこみリタイヤ―のダイヤリー

陰キャで隠居!58歳10か月でアーリー?リタイヤしました。

おっくうな事は、ついほったらかし

ほったらかしは投資だけじゃない

インデックス投資家ですが、ほったらかしは投資だけじゃない、という。
自分の中でやらねば、と思っているリストがあるのですが、億劫になってほったらかし。珈琲飲んでお茶飲んでお菓子食べてネットだらだら見て機嫌が悪くなって自分自身にあたる、という。

現役時代はほったらかせる余裕なし

現役最後の数年は末端管理職をやっていました。課員には「すきま時間があるなら今手をつけなよ。手をつけた結果、下準備をしなければならないことがわかったりするし、時間がかかりそうだな、と思ったら相談できるでしょう?それに期限が先だと思っていたらどんどん次の業務が入って来てチーン、なんてことがよくあるからね」としょっちゅう言っていました。
しょっちゅう?
やっぱりね。人間なんとなーくいやだなーと思っていることには手が付けられないのです。〇〇に電話した?って何回言ったことか。早く連絡しないと余計まずいだろ、と思うこと多数。
課の進行管理と締切厳守の責任は自分にかかっているから、それこそ毎日やることリストを頭とエクセルにかかえて難しいことから優先で手を付けていました。課員には早め早めに声掛けを。それでも自分固有の憂鬱な事はこれ以上ギリギリになると予想外の展開をした場合まずいな、と思う瞬間まで後回しにしてしまいそうになること多数。
退勤したらしたで家事や子供の世話が待っている。希少な自分のための時間はそれこそ趣味や休養で飛ぶように過ぎていきました。

リタイヤしたら密度が薄い自分にイライラ

今はほとんど自分で裁量できる時間だから、逆になんにもやらない、できない。密度が薄い。そして日が暮れるとそんな自分にイライラする。

憂鬱でやりたくない要素とは

やんなくちゃ、と思っているのに手が付けられない事って次の二つ。
1.手を付けるとその後発生する事象が憂鬱なこと
2.やったことがないこと、知らない人に接触すること
締切が決まっていなかったり、別にやらなくても当面問題なさそうだし、ずっと先までの間にいつかやりゃいいじゃん、ということは特に消化が難しいですね。

今日の例

今朝の段階で自分の「やることリスト」に上がっているものを当てはめてみます。
・人間ドックのweb予約(1.)行くこと自体が憂鬱。
漢方薬局への相談の電話(2.)電話番号は分かっているのですが。
・メルカリへの出品(1.)面倒だし、万が一絡まれたら不愉快。
・足の爪切り(1.でも2.でもない)単に面倒なだけ
・合唱団の団員募集をtwitterに流す(1.でも2.でもない)義務じゃないんで、別にやらなくても
・人参と牛蒡のきんぴら、レシピ探しと調理(2.)明日早朝から配偶者が合唱団の一日練習にいくので、「おにぎりは自分で作るから、何かおかずない?」と言うので、材料が買ってあるきんぴらを作り置きしようと思っている。

現役時代以来の経験で、やってみれば大したことない、というものが大半であることはわかっています、意識の上では。
メルカリだって写真撮って類似品検索して値付けして出品して…と何度もやっているし、実際やりとりで絡まれたり送ったのに受取通知もこなかったりというトラブルはほんの少ししかなかったのですが、なんとなく憂鬱になって進まない。ふと横を見ると段ボールにいっぱいの売却予定品が床に転がっているのが目に入る。

「モノはね、腐るんですよ。食品じゃなくても。ほら、もう捨てなきゃと思っているのに捨てられないモノが目に入ると、決断できない自分、使わないモノを買ってしまった過去の自分を否定できないプライド。それをまざまざと思いださざるを得ないでしょう。だから腐っている」
断捨離のやましたひでこさん、本当にうまいこといいますね。

やるための処方箋

じゃどうすんだ、というところで自分なりの処方箋はあります。
1. 過去思い切ってやってみて、なーんだたいしたことなかったな、という経験を思い出してみる。
2. 考える前に手を動かし始める。
特効薬を期待していたかもしれませんが、申し訳ない。
こんなこと位しか思いつきませんね。
あ、もう一つあった。
3.繰り返し出てくる面倒そうなことは、習慣化する。
調理や掃除などの家事はこれですね。段々面倒のハードルが下がってきます。一定のところまでは。

たまにね、やることリストがきれいさっぱりなくなった瞬間があると、そりゃーすっきりしますよ。そのすっきり経験も味方にできるといいのだけれど、すっきりゼロってことは現実あり得ないので。ある程度すっきり、は思い出す武器としては弱いです。